3月19日(土) 大地震から一週間が経って

 今週は一週間が長かった。被災した方々に対応するため、上位機関からの通達が多く出され、その対応に追われた。

 通常の仕事量は変わらないし、むしろ、年度末なので忙しいくらいだ。

 17日(木)は、昼休みも役員がいたので、休みがあったような無かったような感じで疲れた。

 18日は(金)のお昼休みは、三連休が控えていたことと、みずほ銀行のシステム障害が気になったので、銀行に少しお金を下ろしに行った。

 ついでに駅のスーパーを覗いたが、数日前とは違って、肉も野菜も十分にあった。欲しかったもので無かったのは、納豆くらい。

 もちろん、お米は無かったが、卵も豆腐もパンもあったし、確認はしなかったが、牛乳も持っている人がいたので、あったはずだ。

 食料事情は、2〜3日は混乱するが、後は何とかなることが分かった。

日頃から、一週間に2〜3回しか買い物に行かない私は、常に何日分かは、ストックがある訳で、結果論だが、贅沢をしなければ、あまり深刻になる必要はなかったのかもしれない。

とは言っても、ストックが無くなった時に、次の何日分かが買えないかもしれないと思うと、さらに、2〜3日分は、確保しておきたくなるのが人情である。

 我が家には、食べざかりが2人もいるので。

 そして今朝は、地震が起こる前に買ってあった、ホームベカーリー用の粉で、レーズンパンを焼いて、コーンスープとハムエッグも作り、サラダとフルーツも添えた。

 こんな非常時に、贅沢かとも思ったが、パンを食べるのは、地震後初めてである。

 朝食を食べ終えて、10時過ぎ、近所のスーパーに偵察に行った。

 新潟県コシヒカリ5キロ入りが2袋残っていたので、1袋買い足した(ひとり1袋)。 牛乳(ひとり1本)、ヨーグルト(ひとり1パック)、2リットル飲料(ひとり3本)も、制限数まで購入した。

 私は買わなかったが、豆腐はひとり一丁、即席めん(5袋入り)ひとり1袋、などの制限があった。

 お菓子類は、地震直後からたくさんあった。毎日余震が続き、知らず知らずのうちに、ストレスがたまる中で、お菓子は必要である。

 今日は、花粉の季節だが、さっぱりしたいので、布団も干した。もちろん、取りこむ際には、十分はたいた。

 夕方から、地震当日行ったきりになっていた、主人の実家に、夫と散歩かたがた行ってみた。両親とも元気で、日常と変わらない生活を送っているように見えた。

 私が気をつけようと考えていた矢先、福島県産の牛乳とホウレンソウから、基準値を超える放射能が検出されたとの報道があった。

 私はともかく、これから子どもを作るであろう、娘と息子には、極力、汚染された食物は食べさせたくない。

いつも言っていることだが、自分の身は、自分で守る時代である。

 食物汚染の話は、決して風評ではない。東京電力の見通しの甘さが招いた原発事故は、被災地の人々の今を奪っただけでなく、将来をも奪うのだ。

 何が、「オール電化」だ。調子に乗るのも、いい加減にして欲しい。安全確保を後回しにして、利益追求を優先させた結果が、この始末である。

 東京電力に、電力の供給を任せるのは、極めて危険だと思う。まして首都圏の。

 主婦の私が考えるくらいのこと、まさか、政治家・キャリアと呼ばれる人々が、分からないはずはない事を信じたい。